ハイカイ台湾

台湾うろうろ from 2007

肉団子

士林夜市の近くの台北パフォーミングアーツセンター。3つの劇場が入ったおしゃれ複合施設だ。このでっぱった球体も劇場の一つなのだが、地元では「貢丸(ゴンワン)」と呼ばれているらしい。貢丸、つまり肉団子。2017年の写真が残っていた。当時は建設中で、なんかでっぱってるやんと思っていた。2024年、竣工以来はじめて実物を見た。えらいでっぱってるやん。よりでっぱってるやん。そして7年前も今回も微妙な天気かつ夕方だった。

 

1階のエントランスにグッズが置いてあった。キーホルダーがほしいのだがレジはどこだ。とりあえずスタッフのいるカウンターにキーホルダーを持って行こうとしたら、中国語だったか英語だったか両方だったかで、ブワーッと「違う違う戻して戻して」みたいに言われて建物の外に案内された。よくわからんやつは出て行けってことか、ではなくて自販機があった。スタッフは「coin first」「coin first」と何度も繰り返した。なるほど、紙幣より硬貨を先に入れるシステムねと理解しつつ、私は紙幣を入れた。細かいのがなかった。画面に商品の番号を入力するとフタがパカッと開き、私はキーホルダーを取り出した。スタッフは「さよなら〜」と笑顔で去っていった。謝謝。日本語しかまともに話せない私に対して、台湾の人たちはいつも諦めることなく接してくれる。

 

おわり

パンにパン

焼きパンに揚げパンを挟んだダブルパン。見るたびに、ふざけているのか、おいしいのか、とモヤモヤしながらスルーしていたのだが、ついに食べた。こちらが阜杭豆漿(フーハンドウジャン)さんの薄餅夾油條(Sesame Flat Bread with Donut Stick)。むしゃり。うん。……悪くない(おいしいな)。だがしかし、それでも残るパンにパンを挟む謎。外と中を別々に食べてみた。なるほど。外のパンはほんのり甘系、さくさく。中のパンはうっすら塩系、しっとり。ハーモニーというやつか。

阜杭豆漿は朝ごはんの人気店らしく、長い行列ができていて店内は混み混みだった。私たちは購入したダブルパンと数品を持って席を探した。壁際の4人掛けテーブルにお婆さんが一人、料理もドリンクもなくただ座っていた。家族か誰かが注文して運んでくるのを待っているのだろうか。相席の断りを入れようとアイコンタクトを試みたが、お婆さんは前方を見つめ、目を合わせてくれなかった。相席させてもらった。私たちがダブルパンとのファーストコンタクトを終え、壁のポスターを見ながらメニューについてなんやかんや話していたら、気づけばお婆さんの視線もそのポスターに向いていた。席を立つときに会釈すると、お婆さんはまた前方を見つめたまま、でも微かに口角が上がって笑ったようだった。

おわり

私たちが「葱抓餅」にハマり、しかしまだ「葱抓餅」という認識はなく「ねぎもち」と呼んでいたころ、レストランで「ねぎ」って書いてるやん、てなノリで「葱油餅」を頼み、なんか分厚いのが運ばれてきたときは戸惑った。

 

中身は葱。

おわり

テント

台湾で目にしたテントとテント以上のなにか5選。

 

士林夜市。雨除けだな。

 

士林夜市。見覚えのある後ろ姿がちらほら。

 

南のほうへ行く途中。

 

美術館。ジュディ・オングプレスリーか。ひらひら。

 

臭豆腐の街に行く途中。ぼうぼうばさばさ。

おわり

LONG SHAN

数えてみると、これまで台湾に行った回数は11回で、計35泊46日だった。だからどうなんだといえば、泊数に渡航回数を足したら滞在日数になる、ということがわかったくらい。これだけ台湾をうろうろしていても台湾語は話せない。いつも頭からっぽになりに行っている。

 

ホテルで印象に残っているのは、龍山寺に隣接した「龍山商旅(LONG SHAN HOTEL)」。部屋の窓を開けると、目の前に龍山寺の屋根がある。朝は6時頃からだったと思うのだが、読経が聞こえてくる。数時間は続く。そのうちお経のメロディが耳につき、唱えてなくても聞こえるようになる。

ある一節が「スハマデコーラ」に聞こえて、何度か食べたことのある「州浜(すはま)」という和菓子の記憶とリンクして、「州浜でコーラか、相性悪そう」と妄想した。本当の歌詞を知らないまま、頭の中で「スハマデコーラ」がループする。

連日、読経で目覚める。ここは寺の寮か、宿坊か。観光客の身としては、早起きするといろいろ動けて悪くないのかもしれないけれど。

 

空がうっすら明るくなってきた。

おわり

車窓

台北駅と桃園国際空港をつなぐバスの窓の汚さに笑った。この写真を撮った日は晴れ。いつかの雨の跡が残っているのか、洗いっぱなしなのか。

 

不快なわけではないのだが、2017年にMRTが通ったのでもうバス移動はしないかもしれない。スムーズで快適な移動を選び、台湾を感じるチャンスをひとつ失う。

おわり

デヴィッド・ボウイ

誠品書店のCD屋で「台湾テクノってある?」と聞き、店員さんが持ってきてくれた数枚の中から私が選んだのがUNFAMILIAR FRIENDS PARTYだった。帰国後、私はその4人組の音楽を気に入り、「ライブやらないの?」と問い合わせたところ、DJなら(メンバーの一人が)やるよと返信が来た。場所は台北の操場(FUCKING PLACE)という音楽バーのようなところ。客層やノリに馴染めるのかなどの不安もあったが、せっかくなので行ってみることにした。操場はビルの2階にあり、店内は薄暗く、客は10人ちょっとだったか(早めの時間帯だからか)。見慣れないやつらだな、という感じで一瞥されたおぼろげな記憶。刺青の男性もいて、一瞬、身構えるような気持ちになった。でも、危険なことはなにも起きなくて、店員さんの応対も普通だった。奥のソファ席でビールを飲んだのだが、おかわりは大丈夫かと聞きに来てくれたりもした。カウンターでバンドメンバーの一人がパソコンでDJをしていたので声をかけた。日本語を勉強中らしく、台湾語ができない私は助かった。ただただいい人だった。なにを話したかはほとんど忘れてしまったが、RADIOHEADだったか電気グルーヴだったか好きな音楽の話もした。その店の壁にデヴィッド・ボウイが飾られていた。2012年のことだった。

おわり